
三石巌先生(1901~1997年、95才で病没)
は物理学者でしたが、ご自分の白内障治療をきっかけに、分子栄養学を提唱された稀有なる学者です。私は、分子栄養学の勉強を始めましたが、歯周病の治療に生かせないかと今考えている所です。
三石巌先生は物理学の教授をされていましたが、60歳の時白内障にかかり、医師からは治療法がないと言われ(まだ白内障の手術が開発されていなかった)、失明するのは御免と、白内障の文献を調べて、ビタミンCが不足していることを知り、ビタミンCを自分で注射して、死ぬまで進行を食い止めたそうです。また、鉛公害のため1型糖尿病になりながら、1型糖尿病の寿命は平均寿命より11歳短くなるにもかかわらず95歳の長寿でした。
生涯で300冊以上の著書を出されていますが、「医学常識はウソだらけ」祥伝社黄金文庫の中に、やけどの跡のケロイドが治ったエピソードが書かれているのでご紹介します。ケロイドが治るとは知りませんでしたので大変驚きました。
以下引用
医者も見放したケロイドが高タンパクで治った
1980年に起きた新宿バス放火事件は多数の死傷者を出した悲惨な事件だった。その被害者の1人に、杉原光子さんと言う方がいる。彼女はこの事件を題材にした作品でドキュメンタリー作家としてデビューしている。彼女は、命からがら逃げ出したものの、全身に大やけどを負い体中にケロイドができてしまった。医者には一生治らないと宣告されたそうだ。私が杉原さんのことを知ったのは、事件から14年後の事だった。そんなことから彼女のご主人と知り合い、彼の口からケロイドのことを聞いたのである。
顔に火傷を負わなかったのは不幸中の幸いと言えたが、それ以外はほぼ全身がケロイドに覆われたままだと言う。しかしケロイドの隙間にはわずかながら正常な肌も残っているとの事だった。ただし正常な肌からは、夏になると汗が出る。それが痒くてたまらず、かきむしってしまうために全身が血だらけになると言うのである。不幸な事件に巻き込まれた挙句に、14年間もそんな苦痛を味わっているのだから、全く気の毒としか言いようがない。
その話を聞いた私は、治らないと言った医者とは正反対の意見を述べた。ケロイドはできていても、おそらく肌の遺伝子そのものは壊れていないだろう。だとしたら、必要な材料を与えてやれば正常な肌が作られるはずだ、と私は考えた。
もちろん、過去に私がケロイドの治療経験を持ったわけではない。彼女のケロイド自体、手や腕のあたりを見せてもらっただけで、全身の状態を見たわけではなかった。つまり、私は経験や印象によってだけではなく、純粋に分子生物学の理論的な立場から、彼女のケロイドが一生治らないだと言う事はありえないと判断したわけである。
ではケロイドの治療に必要な材料とは何か。それは、良質なタンパク質とビタミンである。先ほど、DNAとは人体の設計図だと書いた。もう少し厳密に言うと、この設計図とは、タンパク質の構造を暗号化したものだと言うことになる。
したがって設計図が壊れてさえいなければ、与えられたタンパク質と言う材料が、DNAの指示通りの正常な肌に作り上げられるはずだ。また、ビタミンが必要なのは、それがタンパク質を作る上で補助的ではあるが重要な役割を果たすからである。最も理論的に言えるのはいずれ正常な皮膚が再生することだけである。何しろ治療の経験がないために、回復までにどれだけ時間を要するのかもわからない。
私はそのことを彼女に告げ、自分が作った良質タンパクとタンパク質の体内利用をスムーズに働かせるのに必要なビタミン群、さらに肌が特に要求するvitamin Aといった材料を与えた。それを気長に摂取し続けて結果を待つしか、治療の方法は無い。すでに14年間もケロイドに悩まされされているせいか、彼女も焦りを見せる事はなく、素直に私の意見を受け入れてくれた。朗報がもたらされたのは、私自身も驚くほど早かった。タンパク質とビタミンの摂取を始めてからわずか2ヶ月後に、少女時代から指にあったペンだこが消えてしまったと言う。肌が再生しつつある証拠である。
やがてケロイドも治り始め半年経った頃には少し残しただけでほとんど回復してしまった。一生治らないと宣告した医者の顔を見てみたいものである。
苦しみから解放されて大いに喜んだ杉原さんは、この治療法を広島や長崎の被爆者にも教えてあげたらどうでしょうと、私に言った。確かに、彼らは杉原さん以上に長くケロイドに悩まされていることだろう。
しかし残念ながら、私はこの意見に賛成ではなかった。タンパク質とビタミンによって彼女の肌が回復したのは、あくまでも遺伝子と言う設計図の存在が前提となっている。被爆者の場合、放射能によって遺伝子そのものが壊れている可能性が高い。設計図がなければ、いくら材料を与えても肌は元に戻らないのである。
以上引用終わり